FUJINプロジェクトは,気球望遠鏡を用いて地球の成層圏から太陽系の惑星を紫外~可視~赤外などの波長域で長時間観測することを目的とする,複数大学によるプロジェクトです.現在開発中のFUJIN-2は,JAXAのオーストラリア気球実験で金星を観測することを目標にしています.当研究室では,望遠鏡を目標天体に向け続けるためのシステムと制御則の開発を担当しています.2023年にプロジェクトの開発拠点を金沢大学に移し,FUJIN-2フライトシステムの開発と検証を進めています.
気球望遠鏡
気球望遠鏡は,ヘリウムガス気球を用いて大気の薄い成層圏へ望遠鏡を運搬し天体を観測するシステムです.地上で天体観測をするときの一番の問題は天気です.晴れなければ,雲が邪魔をして星も月も太陽も見ることはできません.気球望遠鏡が飛ぶ高度は約30~40 km.一方,雲は高くても15 kmくらいですので,気球望遠鏡は常に晴天のもとで観測することができます.さらに,紫外線を吸収するオゾン層よりも高いところから天体を観測するため,地上では不可能な紫外域による撮像や分光観測を行うことができます.
成層圏は地上と比べて大気が1/100~1/1000と薄いため,天体から届く光が揺らがないことから,ブレが少なく細かいところまでよく見える映像を得ることができます.私たちが非常から眺める星はきらきらとまたたいて見えます.これは,上空の大気の濃さのムラが風で流されて移動しているために起こります.大気の濃さは一様ではなくムラがあり,濃さが変わるとレンズを光が通るのと同様に屈折します.表面がでこぼこしている曇りガラスを通して反対側を見るように,大気層の向こうの景色は不鮮明になってしまいます.大気が薄い環境では,ガラスが極限まで薄く凹凸も小さい曇りガラスのように,地上よりも鮮明に天体の姿を得られると期待されます.
FUJINプロジェクト
FUJIN(風神)プロジェクトは,太陽系の惑星を気球望遠鏡で長時間連続観測することを目的としています.地球のように大気を持つ惑星,金星,火星,木星,土星などの大気層には風や雲があり,大気内の様々な物質を運搬しています.気象衛星が地球の写真を連続撮影することで,雲の形が連続的に変化する様子をとらえ,そこから風の流れを宇宙から知ることができるように,さまざまな波長の光で惑星の写真を連続撮影すると,その惑星に行かなくても大気の流れを知ることができます.このような観測は長時間連続的に望遠鏡を独り占めしてしまうので,世界中の研究者が順番待ちをしている地上の大型望遠鏡や宇宙望遠鏡では,実施しにくいのが実情です.FUJINプロジェクトは,他の惑星を観測する気象衛星を気球望遠鏡によって実現することを目標にしています.
特に金星や水星といった地球よりも太陽に近い軌道を回る内惑星の観測では,地上の大型望遠鏡よりも長い観測時間を得られる利点もあります.地上で空が青く明るく見えるのは,太陽光を大気が散乱しているからです.大気が地上の1/100以下の成層圏では,昼でも空が夜のように暗くなります.内惑星は地球から見ると必ず太陽のそばにあるため,地上からは「太陽が沈んでいて,かつ惑星が出ている」ごく限られた時間しか観測できません.昼でも空が暗い成層圏では,太陽が出ている間も太陽の近くにある内惑星を高いコントラストで観測することができます.
FUJINプロジェクトは,立教大学を研究代表者として,金沢大学,北海道大学,東京大学,大分高専が参画する共同研究プロジェクトです.各大学の研究者が役割分担して開発を進めています.プロジェクトでは,2003~2009年にBBT2009(2009年にJAXA気球実験を実施),2010~2013年にFUJIN-1(実施条件が合わず気球実験実施見送り)のフライトモデルを開発してきました.現在は海外で長時間フライトによる観測実験を行うためのFUJIN-2を開発中です.
理学 | 立教大学 | 研究代表者,望遠鏡光学系,構造系,電源系 |
北海道大学 | 観測用カメラ,紫外分光センサ,通信システム,計装系 | |
東京大学 | 観測計画,地上局系 | |
工学 | 金沢大学 | ゴンドラ姿勢制御系(ハードウェア),望遠鏡駆動系,測位系 |
大分高専 | ゴンドラ姿勢制御系(ソフトウェア),ターゲットセンサ系,データ処理系 |
FUJIN-2のミッション
FUJIN-2は金星の表面を紫外域で分光観測することで,金星の雲の最上層にある未知の紫外線吸収物質を特定することを目指します.日本が金星に送り込んだ金星探査機あかつきは,金星を紫外域で撮影すると可視域では見えない複雑な模様を見ることができ,模様が時がたつにつれて変化していくようすを観測できることを発見しました.しかし探査機の機能の限界のため,模様を形作る物質が何か,金星全体にどのように分布しているのか,についてはまだわかっていません.FUJIN-2は気球望遠鏡の利点を活かして,紫外域から可視光(緑)までを波長ごとに数百段階に分けて光の強度を観測し,光の吸収スペクトルから物質を特定することを目指します.
FUJIN-2の概要
FUJIN-2はJAXAの豪州気球実験で実施することを想定して開発を進めています.JAXAの気球実験は日本でも行われていますが,長時間飛ばすことはできず,実験終了後はパラシュートで海上に降下させ船で回収します.オーストラリアで実施する場合は,最大24時間程度の飛翔時間を期待でき,陸上で回収するため,FUJIN-2以降の実験に搭載機器を再利用しやすくなります.また,気球実験の利点の一つに,最新の技術や市販の機器を使いやすい点が挙げられます.人工衛星に搭載する機器は,ロケットの振動や衝撃,軌道上での高エネルギー宇宙線への耐性などが必要で,電子部品一つから慎重に選定し多くの試験を経るため,開発に時間がかかります.成層圏気球は運搬重量に余裕があり,振動や衝撃も小さいので,市販のコンピュータを用いることもできます.
開発者 | FUJIN 開発チーム |
寸法 | 1.2 x 1.2 x 3.5 m |
質量 | 1400 kg |
飛翔高度 | 高度30 km以上 |
ミッション機器 | φ400 mmカセグレン望遠鏡,10bitCCDセンサ,光ファイバ分光器 |
ポインティング制御機器 | コントロールモーメントジャイロ,アクティブデカップリング,望遠鏡経緯台,ティップティルトミラー 慣性センサ,広視野スターセンサ,狭視野スターセンサ,4象限光電子増倍管 |
搭載コンピュータ | 32bit 産業用コンピュータ(Linux OS)x 2台 |
放球点 | オーストラリア アリススプリングス |
ミッション期間 | 最大24時間 |
実験実施時期 | 2026年ころを検討中 |
当研究室の担当範囲
主に望遠鏡を目標天体の方向へ向けるための制御機器の開発と,それらを駆動するための制御則の研究開発を担当しています.FUJIN-2の望遠鏡を使って目標天体を観測するためには,望遠鏡の視野に目標天体を入れなければなりません.そのために必要な制御精度は0.1°です.一方,気球望遠鏡は長大な吊紐を介して空中に浮く巨大な気球と接続されています.気球望遠鏡はいわば巨大な振り子の先端質量であり,さらに吊紐はねじれて振動し,望遠鏡を目標方向へ向けるのを妨げます.コントロールモーメントジャイロ(CMG)は,1.4トンのFUJIN-2の方向を0.1°の精度で制御するための強力な装置です.写真のようにFUJIN-2には4台のCMGを搭載します.これは世界初の試みです.
目標精度達成のために,CMGのほか,FUJIN-2と吊紐をつなぐアクティブデカップリング,望遠鏡の高度軸も同時に制御します.各種センサの情報をどう処理して,これらの制御機器をどのように動かすのか.機器を動かす量を計算するための数式(制御則)はどうあるべきで,どのように搭載コンピュータにプログラムするのか,研究テーマとも関連する重要な課題です.
2022年度まではJAXA宇宙科学研究所などで開発作業を続けてきました.2023年からは,屋外で実際の天体を使った試験を行いやすい金沢大学に開発拠点を移して,FUJIN-2フライトシステムの開発と評価試験を進めています.